Audi Quattro history



Audi Quattro(アウディ クワトロ)

1980年に発売されたアウディ・クワトロは、AWD(全輪駆動)方式を採用したプロダクトモデル。
このAWDシステムは、GTカーに搭載された最初のAWDシステムで、悪路走破性のみならずターマックでのコントロール性を重視したシステムで、現在の「quattro」の原型を搭載したものである。


アウディ・クワトロは類まれなる走破性ゆえ、ラリーシーンを席巻し、ラリーの歴史を塗り替えるセンセーショナルなモデルとなった。
当時のラリー界では、AWD方式ゆえの重量増を懸念する声も上がったが、アウディ・クワトロは初登場から2年間、王者の席に君臨する大成功を収める。


アウディ・クワトロ
アウディ・クワトロは1908年にADW(全輪駆動)システムを搭載して登場。
エンジンは2.1リッターSOHC直列5気筒10バルブをターボ過給し203psを発生。
その後、2.2リッター10バルブ、2.2リッター20バルブ223psへと発展。


エンスージアストの間では、各世代のクワトロを、この間のエンジンのコードネームにより、2.1リッターを「WRクワトロ」、2.2リッター10Vを「MBクワトロ」、2.2リッター20Vを「RRクワトロ」と呼ぶ。


アウディ・クワトロは、1991年までの全期間で11,452台が生産されたが、エンジン以外にはいわゆる「モデルチェンジ」と呼ばれるほどのメジャーチェンジは施されなかった。
1983年のマイナーチェンジでは、アナログメーターがグリーンのデジタルLCDへ(1988年にはオレンジのLCD)換装され、1985年にはインテリア及びステアリングがリデザインされる。


エクステリアは小幅なバージョンアップはあったものの、基本的にオリジナルが維持された。
初期モデルのフロントグリルは、4つのライトがセパレートで配置されていたが、1983年からは、Hi/Lowライトユニットを一体型し、1985年には更なるフェイスリフトを施された。


アウディ・クワトロは、アメリカでも1983年から1986年まで販売されたが、この間の販売台数はわずかに664台であった。
アメリカの排ガス規制に適用させるため、触媒等の補正やターボのブースト圧の抑制などによりエンジン出力は172psとなったことが要因といえるだろう。


アウディ・スポーツ・クワトロ
1984年には、グループB(ラリー)のホモロゲーションを取得するため、アウディ・スポーツ・クワトロが投入される。
アウディ・スポーツ・クワトロは、2.1リッターエンジンをベースにDOHCヘッドと20本のバルブを与えられ、実に355HPという当時としては驚くべき強心臓が搭載された。
またエクステリアは、フェンダーアーチがカーボンケブラーで7インチワイド化されるとともに、ホイールベースを320mmも切り詰め、大幅な戦闘力強化が図られた。


アウディ・スポーツ・クワトロS1


ホモロゲを取得したアウディは、ラリーシーンにS1を投入する。
S1は5気筒2110ccエンジンから、実に600hpを搾り出す、まさに「モンスターマシン」となった。
S1は1985年のサンレモ・ラリーをウォルター・ロールの優勝で飾り花道の幕開けとなる。
また、更にモディファイされたマッチョなアウディ・クワトロ・S1は、同年のパイクスピークでは、ヒルクライムのタイムレコードを塗り替える快挙も成し遂げた。


情報ソース:Wikipedia




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